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母のミカン

3 日前
読了時間: 2分

更新日:2 日前

従姉妹の子ども(女性)と私の関係を

私から見たら、従姪(いとこめい / じゅうてつ)

彼女から見たら、従伯母・従叔母(いとこおば)

と、言うそうだ。


小さいい頃から「ちゃん」付けで呼び合っていたので

こんな風に言うんだと初めて知った。


私は今、写真の個展をしている最中で

写真を学ばれている人、写真が好きな人

通りすがりの人、久しぶりの友人などと話す機会に恵まれて

至福の時間を送っている。


先日は、多分写真には興味がないんだと思うが(笑)

弟夫婦や妹が来てくれて、のんびりと話をした。

最近、お年頃ということもあって身内や親戚が集まる席は

喪服姿が多く、ピカピカの良いお天気の中

適当な話にゲラゲラ笑うってことがめっきり減ってしまった。


だからたまにはこうやって、何かの用にかこつけて

会うのがいいんだよ。と、いうことにしている。

父も母もすでに亡くなっているので、

時折、こうやって私たちか会っていればお空の上で安心するでしょう。


で、ミカンの話だが私たちの父母が亡くなってしばらくして

実家仕舞いをした。


私の母は、「なり物の木」が好きで、

庭には、自分の実家から持ってきた「柿の木」をはじめ

ミカン、夏みかん、梅、柘榴、金柑、檸檬、姫林檎、などなど。


母が長期の闘病生活に入ってからは

なかなか手入れも大変と言うことで

柿の木を切り、梅の木を切りとしてきた。

そして、いよいよ実家仕舞いの時に、

従姉妹の家で「なり物の木」を引き取ってくれたのだ。


その中の「みかんの木」にミカンがたくさんなったので

私の「いとこめい」がミカンを持ってギャラリーに

遊びに来てくれたのだ。


「お母さん!あの、みかんの木に、こんなに立派なミカンが

たっくさん成ったってよ〜!」



立派なミカンだ。


実家に、この木があった時には豊作の年もあったが

面倒を見る人がいなくなてからは成る数も減ってしまい

収穫もしないっまま木にぶりさがりっぱなしで

皮が黒く日焼けし、味は良いものの、種だらけの

食べるのが面倒なミカンとなっていた。


こうして、写真展をしているのだけど

写真とは関係の無い色々な事が起きる。


「何かをする」と言うことは

体力も気力もお金もかかるし、

時には後悔が付いてくるかもしれない。。。

でも、勇気と信念を持って絶対にした方がいい。

・・・と、私は思う。


ちなみに、パソコンの中にしまってあるデータの中から

実家関係の写真を見てみたらあった^^

稀に見る大豊作だった年の、「母のミカンの木」


なってるわ〜🍊






















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