「yogyakarta3」 2023.6.20(火曜日)
この時は、本当に道に迷っていました。
行きたいところがあって、
曲がっても曲がってもkali code(川)にぶつかってしまい
橋が見えているのに中々辿り着きません

もはや道では無い・・・


そんな時、赤ちゃんを抱っこした
Bapak(お父さん)に出会いました。
Bapak Mitaはとても親切にこやかで
散歩しながら写真を撮っていることを伝えると
急いでないならKampong(集落や村の意味)を見ていったら?
と、一緒に散歩することになりました^^
ちびっ子は警戒マックスでね。。。

ついでにお家にもお邪魔させていただきました^^
Bapak Mitaは注文を受けたT-シャツなどにバティックのデザインをする
仕事をされてるそうで
リビング兼工房はお仕事道具がいっぱいでした。

この後、道を教えてもらって私は迷路から脱出できたのですが
話には続きがあって、
この日の夕方、ちびっ子を驚かせてしまったお詫びと
お宅にお邪魔したお礼を兼ねて、
モールでお菓子を買って再訪したのです。
その時には、奥様とお嬢さんと坊ちゃんが夕飯中で
Bapakとちびっ子は夕方のマンディに行ってるということで居ませんでした。
奥様と、お嬢さんは昼間の話を聞いていたのでしょう
同時に弾丸質問が始まりました
あの頃は、挨拶程度のインドネシア語しかわからなかった私は
全く聞き取れず。。。
といかく、お礼を言ってお菓子を渡してホテルへ戻りました。
また、きて!!と言われたのは解ったのですが
後の予定もあり、それっきりになってしまい
コロナ禍へ突入したのです。
なので、突然ではありましたが
この時の写真とお土産を持って訪れてみようと思います。
コロナパンデミックで亡くなった方はインドネシアで
もたくさんいらっしゃいます。
仕事を変えたり、住まいを移った方もいるでしょう。
そして、私の事覚えていてくれてるでしょうか?
ドキドキします。
この先です。

